【2020年6月15日】オンラインでお祓いまで!神社にも迫るオンライン化の流れ
《この記事の文字数:約2,600》
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どうも、chimonです。
関東は梅雨の晴れ間ということで、ところどころで猛暑日になった地点もあったようですが…いかがお過ごしでしょうか?
新型コロナの自粛が少しずつ解かれ、徐々に日常に戻りつつある中、あるニュース記事を見かけました。
なかなか面白い傾向だと感じたので、今日は「神社にも迫るオンライン化の流れ」と題して、エッセイ的に書いていきたいと思います。
1. お祓いをZoomでやるという斬新な発想
この記事を書こうと思うきっかけになったのが、こちらのニュース記事です。
■西日本新聞 2020年6月12日付記事(2020年6月15日閲覧)
時間が経つと削除されてしまう可能性大なので、簡単に内容をまとめておくと…
といった感じです。
この件だけでなく、全国の神社でオンライン化の波が一気に押し寄せているようです。
例えばこちらの神社では、GW期間限定でオンライン参拝が行われていました。
また、FNNでも「コロナで不安な時代だからこそ、神仏に祈りたいという人が増えている」という話を紹介しています。
今回新型コロナの感染が拡大したことで、リモートワークやリモート飲み会をはじめ、さまざまな分野でオンライン化が進んでいるわけですが、その波は伝統的な神社の世界にも押し寄せているのですね!
Zoomで祈祷は、斬新!
2. 「重みがなくなる」というのは本当か?
ここで注目したいのが、先ほどの記事の中にあった「重みがなくなる」「ご利益が感じられない」といった否定的な意見についてです。
皆さんは、率直にどう感じますか?
個人的には「そんなことないでしょ」と思ってしまいます。
そう思う理由は主に2つあって…
(1)ある意味「遥拝」じゃない?
1つ目は、昔から「遥拝(ようはい)」と呼ばれる、遠い場所から神を拝むという考え方があったから。
今みたいにどこでも気軽に行ける時代とは違って、昔は遠くの神社にお参りしようとしても難しかったわけです。
「お伊勢参り」なんかはまさにそれで、「一生に一度はお伊勢参りをしたい」という憧れですらあったんですから。
伊勢神宮については、シリーズでご紹介しておりますのでよければぜひ!
himekuri-nippon.hatenablog.com
そのため、現在でも全国の神社に「伊勢神宮遥拝所」が設けられていて、伊勢まで行かずとも感謝を伝えることができるというわけなのです。
他にも、御神体として崇められてきた富士山は、明治5(1872)年まで女人禁制でした。
こうした背景から、山頂まで行けない女性のために「富士山遥拝所女人天上」と呼ばれる、山宮浅間神社の遥拝所が設けられています。
ある意味で「オンライン参拝」とか「オンライン祈祷」とかも、現代版遥拝みたいなものなのかな、と思うわけです。
(2)そもそも神社は変化し続けてきたのだ
オンラインで重みがなくなるわけではないと思うもう1つの理由は、そもそも日本の神社というのは、常にいろいろな物を取り入れて変化してきた歴史があるから。
ラーメンやカレーライスがもはや日本料理として定着したのと同じように、仏教はいつの間にか神仏習合によって神社と一体化し、「日本仏教」とも言うべき独特の進化を遂げました。
神社は神社とて、仏教の「いいところ」を存分に吸収して、どんどん変化してきたのです。
神社のあり方は時代によって変わっているし、今では当たり前のように行っている「初詣」も、明治以降に鉄道会社の戦略によって生まれた「新しい伝統」だというお話をしましたよね!
himekuri-nippon.hatenablog.com
こうやって変化していくのは悪いことではなくて、むしろ時代に合った形へと変化していけるからこそ、長く日本人の心に息づいているのだと思うのです。
多くの人がやっている「御朱印めぐり」だってスタンプラリー感覚かもしれないけれど、御朱印を求めて神社を巡るってこと自体に意味があるとも言えます。
神社というのは「信仰する」ものというよりも、日本人の文化として息づいてきたものだと考えれば、伝統文化を継承していくためにオンライン化を取り入れるというのは、とても有効な手段なのではないか、というのがchimonの考えです。
もちろん、現地に行って雰囲気を味わってお参りする、というのがベストだとは思いますが!
下の記事において、「新型コロナという未知なる恐怖を目の当たりにしたことで、呪術的なものにすがりたくなる」という現代人の心理も考察しました。
himekuri-nippon.hatenablog.com
新型コロナも第2波が心配されていますし、仮に今回の感染症が克服されたとしても、次なる病原体が現れる可能性も十分にあるわけで。
いつ訪れるかわからない不測の事態に備えて、神社という伝統も変化していくのが自然な姿なんだろう、と感じました。
3. おわりに
今回は、神社のオンライン化について考えをつらつらと述べてきました。
当ブログで繰り返しお話ししていますが、「変化してこそ伝統であり続けられる」し、「当たり前は繊細なもの」なのです。
himekuri-nippon.hatenablog.com
月並みな表現ですが、形はどうあれ「思いが大切」ってことでしょうか。
一連のコロナ禍が沈静化した暁には、「コロナによって世界が変わった」なんて歴史の文脈で語られるのかもしれません。(もしくは、思ったより変わらないかもしれない)
でも、スピードの緩急はあれど、いずれ訪れるべき変化なのかもしれないですよね。
少なくとも自分は何か変化が訪れたときに、その変化を自分なりに消化できる人間でありたいとは思います。
受容できるかは、正直内容次第ですけど。笑
皆さんもせっかくの機会なので、最近身の回りで生じている「変化」に目を向けてみてはいかがでしょうか。
今回はここまで!
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chimon