【2020年2月8日】針供養って何だ?〜地域差がエグい謎多き行事の正体〜
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どうも、chimonです。
今日2月8日は「針供養」。
何となく聞いたことはあっても、「針を供養?何じゃそりゃ?」って人も結構多いのでは?
そこで今日は、針供養の由緒や意義を深掘りしていきましょう!
1. 針仕事はお休み!
そもそも「針供養」って、どんな行事なんでしょうか?
簡単に言いますと…
「折れたり錆びたりして使えなくなった針を、豆腐やこんにゃくなどにぶっ刺して、針仕事が上手くなりますようにとか、怪我しませんようにとかお祈りする行事」といったところ。
これだけだと、イマイチどんな行事やねん!って感じですけども。笑
詳しくは後ほどご紹介しますが、この日は針仕事を休んで、1年お世話になった針さんを供養します。
柔らかい豆腐やこんにゃくに刺すっていうのは、「せめて最後くらい柔らかいとこに刺さって成仏してね!」という、よく分からない優しさを表しているようです。
なお「2月8日は針供養」って言ってますが、日程も地域によって異なる場合があり、関西などでは12月8日に行われる場合もあるようです。
関東の多くは2月8日。
その昔、針仕事というのは女性の大切な仕事でした。
このことから、いつしか女性にご利益があるとされる淡嶋信仰(あわしましんこう)と結びついて、現在のような形式になったと言われています。
2. 地域差強めの事八日
続いては、なぜ針供養が2月8日に行われるかというお話。
先ほど「針供養は地域によって、2月8日と12月8日に行われる場所に分かれる」というお話をしました。
この2月8日と12月8日は、対で「事八日(ことようか)」と呼ばれます。
事八日というのは、「1年の仕事を始める日・終える日」的な意味合いです。
多くの地域で、2月8日は「事始め」、12月8日は「事納め」と言います。
立春を過ぎて農作業などを始めるのが事始めで、冬支度を始める12月8日が事納め…
分かりやすい!
針供養は、事八日に行われる行事の一つとして伝わってきたのです。
ところが、ここからが問題!
なんと事始めと事納めにも地域差があり、12月8日を「事始め」、2月8日を「事納め」と呼ぶ地域もあるのです!
は、反対?!ややこしや〜!!!
こうした地域では、事八日を「年越しと新年のお祝いを始める・納める」という意味で解釈してきたので、事始めが12月、事納めが年明けの2月になるんですね。
こんな感じで、針供養や事八日は地域差がとても激しい年中行事。
埼玉県蕨市、戸田市では、2月8日と11月8日に行われる。埼玉県さいたま市浦和区、東京都大島町(伊豆大島)では、2月8日・4月8日・12月8日の年3回行われる。そのほか、埼玉県草加市では1月8日・2月8日・3月8日・4月8日・12月8日、三郷市では2月8日・4月8日・7月8日・10月8日・12月8日に行われることがある(必ずしもこれらの全ての日に行うということではない)。
福島県矢祭町では、各月の8日または10日に行われる。福島県塙町では、8日に目籠(後述)を掲げ10日にしまうなど、8日と10日に分けて行われる。
(引用)事八日 - Wikipedia
待て、待て、待て…!!笑
埼玉南部のあの狭い地域で、どれだけ違ってるんだって話ですよ!
もはや2月と12月以外も出てきてるし。笑
ということは、恐らく完全なる民間行事で、地域ごとに独自の進化を遂げてきたということなんでしょうね。氏神様的なイメージ。
3. すぐ神に結びつくのがJAPAN QUALITY
では、針供養はいつ頃から行われるようになったのでしょうか?
正直なところ、どれだけ調べても起源が不明なのです…。謎が多い行事。
中国から伝わったなんていう説もありますが、それもハッキリはせず。
とりあえず、平安時代ごろにはすでに行われていたと見られています。
針供養は事八日の一環として行われていたわけですから、元々は家ごとや地域ごとに行われていたはずなのです。
しかし、現在では限られた神社の神事として残っているものがほとんど。
針供養が行われている神社というのが、冒頭でお話しした「淡嶋信仰」の地である淡嶋神社(あわしまじんじゃ)なのです。
淡嶋神社の総本社は和歌山にあり、少彦名命(スクナビコナノミコト)と大己貴命(オオナムジノミコト:大国主神<オオクニヌシノカミ>の別名)、そして神功皇后(じんぐうこうごう)をご祭神として祀っています。
詳細は、今後古事記シリーズで特集しますが、スクナビコナはオオクニヌシとともに国づくりをした神です。
淡嶋神社では、スクナビコナを「医薬の神様。特に、女性の病気回復や安産・子授けなどに霊験あらたかといわれています。」(淡嶋神社の起こり)としていますが…
ただ、淡嶋信仰と針供養が昔から結びついていたわけはないようで…
どうやら、この二つが結びついて全国に広まったのは江戸時代のことみたいです。
東京・浅草寺には、淡嶋神社から勧請(かんじょう)されたという「淡島堂」というお堂があるのですが、紹介ページにこんな記述があります。
淡島明神は女性の守り神として信仰を集め、江戸時代は「淡島の願人」と呼ばれる人びとがおり、江戸市中で婦女子に淡島明神の信仰を説いてまわっていた。現在、淡島堂を中心とした行事に、2月8日の針供養会がある。
ここに書かれている「淡島の願人」という人々は、淡嶋神社のご利益に魅せられた旅する宗教者、みたいな人だったようです。
江戸時代に、江戸をはじめとした全国に淡嶋信仰を広めた結果、各地に淡嶋神社が建立されることになり、針供養も広まっていったということでしょうね。
4. まとめ〜時代は流れて〜
そんな針供養ですが、もしかしたら「聞いたことがない」という人もいるかもしれません。
それもそのはず。事八日自体がかなり衰退傾向ですから。
「針仕事が女性の仕事」っていう感覚自体が今からすれば古いものですし、さらに言ってしまえば本格的な裁縫をする人も減っていますからね。
針を供養するということの意味が薄れているのかもしれません。
ただ、chimon的には新たな意味が生まれているのではないかとも思うのです。
針仕事を家事の代表と捉えるなら、針供養を「男女問わず家事をやってくれる人に感謝し、家事道具を供養する日」としてみるのはどうでしょう。
やるのが当たり前、あるのが当たり前ではなくて、一年に一度あらためて意義を感じる日。そんな針供養の形も良いかもしれないですね。
では!
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chimon
※本ブログの記事は、参考文献等の記載事項を基にして筆者独自の考えを交えて展開するものです。歴史的事象には諸説あるものが多いため、あくまでも一つの説として捉えていただきますようお願いいたします。
